オンライン授業のデザイン

大学で日本語教育(教員養成科目,日本語科目)を担当しています。2020年春,突然取り組むことになったオンライン授業のオモテとウラを本音で記録しています。

オンライン化の課題:教育実習科目

「「わたしのにほんご」プロジェクト1−2」は,大学の日本語授業であるにもかかわらず,いわゆる「レベル差」を遙かにこえた学習者が混在しています。

このカオスが,毎学期,実習生である院生を困惑させます。なぜならxxxという文型を教えようとしても,「もう知ってるもーん」という学生から,「なんですか,それは(と英語で困惑する)」という学生まで幅広くいるからです。

レベル差というのは,ゼロ初級の最初の一瞬以外,すべての授業にあると私は思っています。しかし,とくに初級に対して,レベル差に敏感に反応する日本語教師は多いです。「初級文型が終わっていないと何もできない」と考えている人もいるようです。地域の日本語教室や国外の日本語授業など,レベル差がある環境はたくさんあります。将来,そんな環境に置かれたとしても,大学院生には負けずに乗り越えられる人材になってほしいと思っています。

また,「大学の留学生」と一口にいっても,その背景はさまざまです。日本語学習を留学の主目的とする交換留学生もいれば,他の専攻を持ちつつも日本語単位が必修の学部生もいます。実験の合間に個人的な興味で日本語をとりにくる大学院生もいます。「日本語授業が最優先」の人から,「空き時間に来られたら来る」的な人までいるわけです

教育実習科目の根幹である「「文型」や「表現(機能)」から出発するのではなく,「状況のなかで言語とコミュニケーションをとらえる」教育実践」というコンセプトは,シラバスやガイダンスで何度も説明しています。院生はそれを承知して履修を決めています。それにも関わらず,院生の頭の中では,

「状況のなかで言語とコミュニケーションをとらえる」➡「機能シラバス場面シラバス

に置き換わっていることが多々あります。日本語学校等で長い経験を持っているほど,その傾向が強いように思います。これまで信じてきたもの,是としてきたものがひっくり返されるからでしょうか。しかし両者は似て非なるものであり,本質的な違いがあります。

このようなカオスを抱えつつも,実習生である大学院生との接点もオンラインだけ。院生同士で,また私との間で,どうしたら深い議論ができるのか。1学期をかけて,彼らの驚きや痛みにつき合いながらも,日本語教育,文法教育のの50年後を変えていくことが,私が目指すところでもあります。しかし,そのデザインがなかなか描けません。